So-net無料ブログ作成

モーツァルトの第2回イタリア旅行 [モーツァルト]

モーツァルト父子は1771年8月13日にザルツブルクを貸馬車で発ち、インスブルック、
トレント、ヴェローナを経て同月21日今回のイタリア旅行の目的地ミラノに到着した。

前回の第一回イタリア旅行より3月28日に帰国してから約4ヶ月半をザルツブルクで
過ごしたことになる。

★この間パドヴァで依頼を受けたオラトリオ≪救われたベトゥーリア≫K.118/74cの他交響曲(第12番)ト長調K.110/75bや
レジナ・チェリ Regina Coeli「天の女王」ハ長調 K.108(74d)を含む教会音楽数曲を作曲している。
★≪レジナ・チェリ≫とは聖母マリアにキリストの復活を祝う音楽の一つで、モーツァルトにはこの他にK.127と
K.276(321b)の計3作品がある。

今回のミラノでの目的は、この年の10月に、女帝マリア・テレジアの四男である
フェルディナンド大公モデナ大公女マリア・ヴェアトリーチェ・リッチャルダ・デステの婚儀
ミラノで挙行されることになり、その為の祝典劇の作曲をすることである。

★祝典劇:フェスタ・テアトラーレ。レオポルトはその書簡の中では「劇場用セレナータ」だとしている。
★フェルディナント・フォン・エスターライヒ:Ferdinand von Österreich, 1754年6月1日 - 1806年12月24日
オーストリア女帝マリア・テレジアの四男。オーストリア大公(後にオーストリア=エステ大公)。
結婚と同時にミラノの総督、その後1780年長兄の神聖ローマ皇帝ヨーゼフ2世によりロンバルディア総督(副王)に
任命された。ロンバルディア大公国(首都ミラノ)は当時ハプスブルク家所轄領。
★祝典劇作曲の打診は前回(第一回)のイタリア旅行で帰路立ち寄ったヴェローナ滞在中にあり、その正式な
依頼状がザルツブルクに帰郷後もたらされたのである。

15歳のモーツァルトミラノ到着後8月24日に5歳年上の姉、ナンネルに今回の馬車の旅
ついて 手紙で次の通り語っている。
≪最愛のお姉さん!旅の間ずっと、ひどい暑さをがまんしました。その上、砂ぼこりがしじゅう
無遠慮にぼくらを悩まし続けたので、もし賢明に振舞わなかったら、きっと息がつまって、疲れ
はてたことでしょう。当地はまるひと月、雨が降っていません(とミラノの人たちが言っています。)≫
                                               モーツァルト書簡全集

ウィーンの台本作者ジュゼッペ・パリー二による祝典劇「アルバのアスカーニョ」の台本は、
8月29日にミラノのモーツァルトに届けられた。その後台本の一部改定もありバリーニに返却
されたりしており、最終稿は9月初頭に届いた。初演は10月17日であり、前回のオペラ
「ポントの王ミトリダーテ」と同様非常に限られた時間での作曲を余儀なくされたが、前回の
経験を大いに生かしながら作曲を続けた。アスカーニョ役ロンドンモーツァルト歌唱
指導をしてくれたカストラート歌手のマンツオーリであり、アチェステ役のテノールも第二回
ウィーン旅行からの知り合いであったジュゼッペ・ティバルディであったことは今回の作曲に
好影響を及ぼしたであろう。

祝典劇は祝典行事の中心となるオペラ・セリアに続いて上演されることになっており、今回の
オペラ・セリアは当時72歳の老大家ヨハン・アドルフォ・ハッセ(1699- 1783)がウィーンの女帝
マリア・テレジアにより推挙され、「ルジェーロ(台本:メタスタージョ)を作曲したのである。

★ヨハン・アドルフォ・ハッセ:Johann Adolf Hasse 1737年には女帝マリア・テレジア(当時20歳)の音楽教師を
しており、マリア・テレジアが彼の作品を高く評価している。
★オペラ「ルッジェロ」は16世紀の詩人アリオスト(LodovicoAriosto)の「オルランド・フリオーソ」から題材をとった伝統的で
重厚なオペラ・セリアである。但し、婚姻祝賀用としてはあまりにも重厚で レチタティーヴォが長すぎ、評価は好ましくなかった。


婚礼式典が開かれた。10月15日夕刻、フェルディナント大公が到着、ミラノ大聖堂(ドゥオモ)での
婚礼に続き宮廷での祝宴、そして16日にハッセ作曲のオペラ・セリア「ルジェーロ」が上演された。

翌日10月17日15歳のモーツァルト作曲によるセレナータ「アルバのアスカーニョ」が上演された
のである。


Ferdinand_Karl_Anton_Austria_1754_1806.jpg       Milano_Madonnina_closer.jpg
フェルディナント総督     1790年頃              ミラノの大聖堂の最高峰に輝く黄金のマリア像
作者不明                                       完成・一般公開:1774年12月30日

★ミラノの大聖堂(ドゥオーモ”Duomo”)は1386年に建設が開始され公式には1965年に完成したとされている。
一番高い位置に黄金のマリア像(La Madonnina)が輝いている。このマリア像が完成、一般公開されたのは1774年
12月30日で、フェルディナントの婚礼式より約3年後であった。従い、モーツァルトはこのマリア像は見ていない。



2幕の祝典劇「アルバのアスカーニョ」"Ascanio in Alba" K.111

作詞者ジュゼッペ・パリーニ(Giuseppe Parini 1729~1799)
設定ローマ南東約30キロに位置する古代都市国家アルバロンガ。紀元前約12世紀にアスカニウス(アスカーニョ)によって
建国されたとされている。

初演時の配役
ヴェネレ(ヴィーナス):Venere - Geltrude Falcini (ソプラノ)
アスカーニヨ:Ascanio,ヴィーナスの息子 - Giovanni Manzuoli (カストラート、アルト )
シルヴィア:Silvia, ニンフ(精霊)- Maria Girelli (ソプラノ)
アセステ:Aceste, ヴィーナスの司祭 - Giuseppe Tibaldi (テノール)
ファウーノ:Fauno, 羊飼い - Adamo Solzi (ソプラノ)
その他の羊飼いの男女: (コーラス)

あらすじ
アスカーニョは美の女神ヴィーナスの息子である。神であるヴィーナスは直接地上を支配できないので、息子の
アスカーニョを地上に下ろし統治することにしたのである。ヴィーナスは、神聖な一族の出である若く美しい
女性の精霊(ニンフ)、シルヴィアをアスカーニョの花嫁に選ぶが、本当の愛を確かめるまでは話しかけてはならないと
アスカーニョに命じる。他方シルヴィアは、夢の中で会った秀麗な男性に密かに恋焦がれている。司祭アチェステから
花嫁に選ばれたことを聞いた彼女は、そこに現れたアスカーニョ(夢の中の人物)に声をかけるが、彼は応えない。
彼女は恋をあきらめ花嫁としての貞節を守る。アスカーニョは彼女の愛を確認し、試練は終わり、
2人は相思相愛のうちに結ばれる。

:要するにアスカーニョを新郎フェルディナント、シルビアを新婦マリア・ヴェアトリーチェに、ヴィーナスは
女帝マリア・テレジアに見立てミラノ総督となるフェルディナントがアルバロンガ建国の父アスカーニョのごとく
立派な総督となるに違いないというお目出度い、まさに婚礼祝典劇なのである。


アスカーニョのアリア                              ファウーノのアリア
「いとしいひとよ,まだ遠く離れているのに」          「あなたの高貴な容貌から」
"Cara, lontano ancora"                        ”Dal tuo gentil sembiante”
フィリップ・ジャルスキーPhilippe Jaroussky(カウンターテナー)      ナタリー・デセイ Natalie Dessay (ソプラノ)
ル・セルクル・ドゥラルモニー Le Cercle De L'Harmonie.      Orchestra of the Age of Enlightenment
指揮:ジェレミー・ロレール Jérémie Rhorer.             指揮:ルイ・ラングレー Louis Langree
     
アスカーニョは愛する花嫁への憧れを歌う。              ファウーノがアスカーニヨを讃えて歌う。


初演大成功であった。モーツァルトの父レオポルトはザルツブルクの妻アンナ・マリア宛の手紙で
次の様に語っている(文中にあるセレナータとは「アルバのアスカーニョのこと)
≪16日はオペラ、そして17日にはセレナータでしたが、このセレナータはびっくりするほど人気が
あったので今日もまたくりかえし上演されなければならないのです。大公はまたまた筆写譜を二部
お命じになられました。貴族その他の人たちがみんな路上で私たちにたえず話しかけてきて
ヴォルフガングに祝詞を述べてくれます。要するにだ!お気の毒だが、ヴォルフガングのセレナータが
ハッセのオペラをすっかり打ち負かしてしまったので、私はそれをどう説明してよいのかわからない
ほどです。≫
ミラノ、1771年10月19日 レオポルトよりザルツブルクの妻に。             モーツァルト書簡全集


アルバのアスカーニョの上演を大成功に終わらせた親子はしばらくミラノに留まっていた。この間
11月になってモーツァルトは初めてクラリネットを用いた作品であるディヴェルティメント(喜遊曲)
変ホ長調(K.113)を作曲している。。楽器構成はクラリネット2、ホルン2、ヴァイオリン2、ヴィオラ、
バス。この作品は11月22日又は23日にミラノのマイヤー氏宅のアカデミーで初演された。

★当時のザルツブルクの宮廷楽団にはクラリネットはなく、1773年になって初めてクラリネットが導入されている。

かくして親子約4ヶ月滞在したミラノを1771年12月5日に発ち、アルプスを越えて12月15日
ザルツブルクに帰郷したのである。
天才青年音楽家ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは、後43日で16歳の誕生日(1月27日)を
迎えんとしていた。


関連記事
レクイエム
モーツァルト生誕254周年
モーツァルトの馬車の旅
モーツァルトの西方大旅行①(パリ)
モーツァルトの西方大旅行②(ロンドン①)
モーツァルトの西方大旅行③(ロンドン②)
猫とモーツァルト
モーツァルトの西方大旅行④(フランドルとオランダ)
モーツァルトの2度目のウィーン旅行
モーツァルトの第1回イタリア旅行(その1)
モーツァルトの第1回イタリア旅行(その2)
モーツァルトの第3回イタリア旅行
モーツァルトの3度目のウィーン旅行
ザルツブルクのモーツァルト17-18歳(1773-74年)
モーツァルトのミュンヘン旅行≪「偽の女庭師」作曲・上演の旅≫
ザルツブルクのモーツァルト21歳(求職の旅へ)
犬とモーツァルト
モーツァルトのマンハイムとパリ求職の旅①(マンハイム①)
モーツァルトのマンハイムとパリ求職の旅②(マンハイム②)
モーツァルトのマンハイムとパリ求職の旅③(パリ)
ザルツブルクのモーツァルト23歳(1779年)
モーツァルト24歳・ザルツブルク在住最後の年(1780年)
モーツァルトのミュンヘン旅行(「イドメネオ」作曲と上演の旅)
モーツァルト25歳の独立とウィーン時代の幕開け(1781年)
モーツァルト26歳の結婚と「後宮からの誘拐」(ウィーン②1782年)モーツァルト27歳・演奏会の成功とザルツブルク里帰り(ウィーン③1783年)
ピアノ・ソナタ(第13番)変ロ長調 と動物たち(1783年ザルツブルクの帰途立ち寄ったリンツ関連) 
モーツァルト28歳・演奏活動絶頂期(ウィーン④1784年)
モーツァルトと小鳥たち (クラビーア協奏曲(第17番)ト長調(K.453)第三楽章の主題を歌うムクドリモーツァルト)
父レオポルト、絶頂期のモーツァルト29歳を訪問(ウィーン⑤1785年)
モーツァルト30歳・「劇場支配人」と「フィガロの結婚」(ウィーン⑥1786年)
フィガロの結婚(その1)序曲+第一幕第一景第一曲
モーツァルト31歳・父レオポルトの死と「ドン・ジョヴァンニ」(ウィーン⑦1787年)
ドン・ジョヴァンニ(その1)
モーツァルト32歳・三大交響曲とブフベルク書簡(ウィーン⑧1788年)
モーツァルト33歳・プロイセン(北ドイツ)への旅(ウィーン⑨1789年)
モーツァルト34歳・「コシ・ファン・トゥッテ」(ウィーン⑩1790年)
モーツァルト35歳前半・「皇帝ティートの慈悲」(ウィーン⑪1791年前半)
モーツァルト35歳後半「魔笛」と「レクイエム」(ウィーン⑫1791年後半)



nice!(50)  コメント(14)  トラックバック(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

nice! 50

コメント 14

whitered

なるほど婚礼を祝うのにふさわしい祝典劇ですね。セレナータとも言うのですか。父親のレオポルトは、ずいぶん教育パパで常に優劣を意識していますね。アルプス越えも大変だったのでしょうね。
by whitered (2010-05-13 10:34) 

LittleMy

「救われたべトゥリーア」は、以前歌ったことがあります。関西初演で、カルミという部族の長でした。
若い頃の作品ということは調べていたのですが、なんだか懐かしい気持ちでいっぱいです。


by LittleMy (2010-05-13 11:10) 

アマデウス

whiteredさん!こんにちは~☆
コメントありがとうございます!
祝典劇(セレナータ)も今では「オペラ」として纏められています☆
父親レオポルトの手紙は故郷ザルツブルクの友人・知人などに回覧されることを意識して書かれている面も多分にあるのです☆

by アマデウス (2010-05-14 06:23) 

アマデウス

LittleMyさん!こんにちは~☆
コメントありがとうございます!
第2部15曲にCarmiのアリア”Quei moti che senti"(お聞き、あの騒ぎは)
がありますよね☆すごいですね!関西初演でしかもカルミとは☆\(^ ^)/
by アマデウス (2010-05-14 06:28) 

バロックが好き

おはようございます♪
いつも、真摯なお答えありがとうございます☆
こんな息子がいたら、お父さんも鼻高々ですよね^^。
楽譜があるおかげで
女帝マリア・テレジアが聴いたのと同じ曲を歌を
現代の私たちも聴けるってスゴイことですよね♪
by バロックが好き (2010-05-14 08:37) 

アマデウス

バロックが好きさん!こんにちは~☆
コメントありがとうございます!
楽譜のおかげですよね☆それで思い出しましたが、完全な形で現存する最古の楽曲は古代ギリシャの音符で旋律が歌詞の行間に書かれている「セイキロスの歌」ですね☆作曲の年代は紀元前2世紀頃から紀元後1世紀頃とか☆
次のURLにアクセスして頂くとこの楽曲を聴くことが出来ますよ☆
http://www.youtube.com/watch?v=9RjBePQV4xE

by アマデウス (2010-05-14 12:11) 

バロックが好き

おはようございます♪
悠久の時を感じるような曲ですね。
わざわざご丁寧にありがとうございました<m(__)m>
そんなに古い時代のものが残ってるなんて
素晴らしいというか、ありがたいというか。。。
古代ギリシャの音符。。。浪漫です。
by バロックが好き (2010-05-15 08:48) 

pegasas

イタリアのミラノ旅行は大成功だったのですね。ますます
お父さんは大変でしょうけど、嬉しかったのでしょうね。
セレナータとは良くわからないのですが、オペラのあとに
演奏するのですか。オペラとは違うものなのですね。
つまらない事ですみません。
by pegasas (2010-05-16 22:11) 

アマデウス

バロックが好き さん!こんにちは~☆
再コメありがとうございます!
「セイキロスの歌」フォロー頂き嬉しいです☆
セイキロスは完全な楽譜ですが、断片的な楽譜は紀元前25世紀のものが発見されている様ですね☆動物の骨を使った楽器(笛)も紀元前30世紀のものが発見されているとかで音楽は人類の歴史でもあるのですね☆

by アマデウス (2010-05-17 06:24) 

アマデウス

pegasasさん!こんにちは~☆
コメントありがとうございます!
一言で言えばセレナータもオペラです☆
1.「セレナータ“serenata”」とは伊語で、セレナード(仏)、セレナーデ(独)のことで、
「夕べの音楽」(小夜曲とも)という意味です☆一般用語では夜、恋人の窓辺で歌う「愛を語る歌」の意味もあります☆
2.伊語でセレナータというと17/18世紀に王侯や貴族の婚姻あるいは誕生祝賀の為の祝賀音楽、祝典劇をも意味します☆
3.祝典劇=フェスタ・テアトラーレ(伊)=セレナータ(伊)であり、これは「宮廷や貴族の婚姻式典とか誕生祝賀式典で演奏される祝典オペラ」であり、オペラ・セリアより「祝典らしい軽やかでおめでたい気分を盛り上げるオペラ」であると言えます☆
4.当時の宮廷の婚姻祝賀の催しとしてオペラ・セリアとセレナータが上演されました(最初の夜にオペラ・セリア次の日の夜にセレナータ。。。といった具合)☆


by アマデウス (2010-05-17 06:31) 

モッズパンツ

モーツァルト父子の第2回イタリア旅行は夏から冬にかけてなのですね。帰りは12月にアルプス越えをしているのですね。まだ、あまり積雪が少ない時期に帰ったのでしょうか。w (^ω^)b
今回の旅でも大人気だったのですね。すごいなー。w (´∀`)ノ
    ∧_∧
    ( ・∀・)ワクワク
  oノ∧つ⊂)
  ( ( ・∀・)ドキドキ
  ∪( ∪ ∪
    と__)__)
(^ー^)ノシ
by モッズパンツ (2010-05-17 23:41) 

アマデウス

モッズパンツさん!こんにちは~☆
今回もAA付コメントありがとうございます☆^O^
帰路は相当冷え込んだ様ですが、良い天気に恵まれ、「通常であればミラノからザルツブルクには途中で滞留することがあっても1週間で着く」とレオポルトは妻宛ての手紙で語っています。今回は、途中ブレッサノーネ(イタリアとオーストリア国境のブレンナー峠より45km程南の渓谷にある町)で「日がまだ短い上に、道も悪くて出発出来ず」、シュバウル伯爵邸で宿泊してはいますが、特に積雪で足止めを食らうこともなく、ミラノを出発してから10日程でザルツブルクに帰郷しています(今回アーラや所用の為トレントで各1泊したことを考えあわせれば、特に天候に悩まされることもなかったと思われます)☆

by アマデウス (2010-05-18 06:16) 

Esther

これ読みのがしていました。すみません。カウンターテナーのフィリップ・ジャルスキーのファンです。コンサート聴きに行って握手も。すばらしかったです。同じくフランス人のナタリー・デセイも今、ディアゴスティーニのシリーズで「天国と地獄」観ている所ですが、ヒロインを好演しています。この動画の声はすばらしいですね。
フィリップのCD「OPIUM」もフランス歌曲を集めていていいですよ。娘のツレアイもフランス人なので、フランスびいきになってしまいますが、コメディの要素のある「天国と地獄」笑いの要素が多く気にいっています。オペラは最近聴きはじめたばかり。いろいろと教えてくださいね。モーツァルトのメロディはすばらしい。今もK.281第3楽章を弾きつつため息をついていたところです。
by Esther (2010-06-11 09:06) 

アマデウス

Estherさん!こんにちは~☆
早速ご訪問頂いてのコメントありがとうございます!
ロッシーニが「シャンゼリゼのモーツァルト」と呼んだオッフェンバックの「天国と地獄」はギリシャ神話の有名なエピソードをパロディ化した楽しいオペラ(オペレッタ)ですよね★ナタリーデセイはモーツァルトを歌ってデビューした演技力もあるソプラノですね★
すでにご覧になっているかと思いますが次のURLで“OPIUM”録画時の模様がご覧になれますよ★
http://www.jarousskyopium.com/
私もフランスに親戚があるのでフランスには親近感をもっています。
こちらこそこれからも種々お教え下さい★
では、引き続きモーツァルトのピアノ・ソナタお楽しみ下さい☆

by アマデウス (2010-06-11 23:04) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。